100年続く理想郷で再生プロジェクトが始動|「新しき村」は社会に開かれた村づくりへ

1918年、文豪・武者小路実篤によって創設された理想共同体「新しき村」。文学の中で語られてきた人間主義を、実際の暮らしとして形にしてきたこの村がいま、大きな転換点を迎えている。
2026年2月、公益財団法人 新しき村は「新しき村再生プロジェクト」を正式に発表。100年以上続く共同体を次の世代へどう引き継ぐのか、その答えを探る取り組みが、いま動き出した。
■「次の世代にどう認識されるか」武者小路知行理事長の問題提起

発表会の冒頭で挨拶に立ったのは、理事長の武者小路知行氏。武者小路実篤の孫にあたる同氏は、「実篤が亡くなって50年が経ち、彼の思想を直接知らない世代が大半になった」と語る。
国や宗教団体の支援を受けず、完全に私的な共同体として100年以上続いてきた例は極めて珍しい。しかし、その一方で「理念を守るだけでは存続できない」という現実にも直面している。
今回の再生プロジェクトは、村を閉じた存在として守るのではなく、社会に開き直し、未来へつなぐための挑戦でもある。
■理念を実践してきた共同体「新しき村」とは何なのか

新しき村は、単なる歴史的遺産ではない。武者小路実篤が目指したのは、「自分の個性を最大限に伸ばしながら、他人の幸福を犠牲にしない生き方」。個人主義でも全体主義でもない“第三の道”を、小さな共同体の中で実践する試みだった。
1939年、宮崎県での村はダム建設により水没の危機に直面し、現在の埼玉県毛呂山町へと移転。戦後は養鶏事業によって経済的自立を達成し、最盛期には会員数60名超、年間売上3億円を超えるまでに成長した。理想と現実を両立させてきた歴史が、ここにはある。
■100年続いたからこそ直面する「閉鎖性」と財政の壁

1990年代以降、事業環境の変化や高齢化によって村は徐々に衰退していく。養鶏事業から撤退し、収益基盤は大きく揺らいだ。現在、村内に住む会員はわずか3名。20年以上にわたる慢性的な赤字を背景に、「土地を売却して延命する」という案も検討された。
これに対し、村は明確に「NO」を突きつけた。先人たちが守り抜いてきた土地は「魂」であり、切り売りは歴史そのものを否定する行為だとして、村は資産を守ったまま再生する道を選択。約4年の準備期間を経て、公益財団法人化を実現した。
■再生の柱① 閉じた共同体から、地域と共に歩む「開かれた村」へ
新しき村が衰退した最大の要因として、関係者が率直に認めたのが「閉鎖性」だった。理想を守る意識が強いあまり、村の内側だけで物事を完結させようとしてきた結果、地域や社会との接点が希薄になっていったという反省がある。
再生プロジェクトでは、この構造を根本から改める。毛呂山町と連携し、企業版ふるさと納税を活用した地域創生事業として再生を進めるほか、一般向けのクラウドファンディングも併用し、総額4,000万円規模の資金調達を目指す。
集めた資金は、老朽化した文化施設の修繕や、東武越生線・武州長瀬駅前への「実篤名言碑・案内板」の設置などに充てられる予定だ。駅から村までを“実篤の精神に触れながら歩けるルート”として整備する「実篤ロード」構想も含め、村を地域の文化資源・観光資源として再定義していく考えだ。
村を守るために閉じるのではなく、開くことで存続させる。この発想の転換こそが、再生プロジェクトの出発点となっている。
■再生の柱② 社会の知恵を本気で集める「懸賞論文」という挑戦

こうした「開かれた村」への転換を象徴する取り組みが、懸賞論文「新しき村再生プロジェクト」だ。広大な10ヘクタールの土地と文化遺産を、売却せずにどう活かすのか。その答えを、村の外から広く募る。
最優秀賞となる「武者小路実篤大賞」には、正式な募集要項に基づき賞金300万円を予定。自然環境や景観を損なわない土地利用を前提に、農業・教育・福祉・観光・芸術活動などを組み合わせた複合的事業、さらに持続可能な収支計画まで含めた実現可能性の高い総合計画が求められる。
応募資格は個人・グループ、年齢・国籍・職業を問わない。都市開発や地域事業の専門家、異分野の知見を持つチームの参加も歓迎されており、「コンサルに任せる」のではなく、社会全体から知恵を集める姿勢が明確に打ち出されている。
■再生の柱③ 村長公募という覚悟
さらに村は、外部人材を登用するため「村長公募」にも踏み切る。村長は名誉職ではなく、実務の責任者。有償ボランティアとして、行政や地域、村内外会員をつなぐ舵取り役を担う。
内部だけで完結してきた体制を改め、第三者の視点を受け入れる。それは、新しき村が「閉鎖性」と決別するという、強い意思表示でもある。
■理想を閉じず、未来へひらく

本プロジェクトは、過去を守るための延命策ではない。文豪・武者小路実篤が唱えた「他人の不幸の上に自分の幸福を築かない」という理想を現代に更新し、次世代へつなぐための挑戦だ。格差や分断が広がる今、100年続くこの場所を「閉ざされた共同体」から「社会に開かれた場」へと再定義する意義は大きい。
懸賞論文や村長公募を通じ、外部の知恵と情熱を「100年の土壌」に導き入れる試み。理想を語るだけでなく、地域と共に歩み、実践し続ける場として、新しき村は今、次の100年に向けて再び歩み始めている。
新しき村公式サイト:http://www.atarashiki-mura.or.jp/