忘れられようとしている戦争の記憶を伝えたい インパール作戦の記憶を未来へつなぐ210キロの旅
1944年、太平洋戦争末期。現在のインド北東部からミャンマーにかけて、日本軍が展開した「インパール作戦」。この作戦は第二次世界大戦で最も無謀な作戦と言われています。この作戦では3万人以上の日本兵が命を落としました。当時のイギリス軍との戦闘での犠牲だけではなく、食料や医薬品の不足、病気、飢え、そして険しい山岳地帯での撤退。それにより、帰国を果たせないまま、異国の地に命を散らした兵士たちがいました。
その兵士たちが撤退の際に歩いた道は、後にあまりの死体の多さから「白骨街道」と呼ばれるようになりました。それから80年以上。今、その道を自分の足で歩き直そうとしている写真家がいます。フリーランスの写真家、武馬怜子さんです。
武馬さんが挑むのは、インド北東部のコヒマからウクルルまで、およそ210キロに及ぶ徒歩踏査。かつて旧日本軍第31師団(烈兵団)が撤退したとされるルートをたどり、現地の風景や地形、そこに暮らす人々の証言を記録するのが計画です。
なぜ今、あえてこの道を歩くのか。その背景には、今の情勢だからこそ戦争の記憶を風化させてはいけないという強い思いがありました。
一枚の写真が、遠い国の悲劇を自分の問題に変える

武馬さんが写真を撮るようになったきっかけは、写真家・中村梧郎氏が撮影した、ベトナム戦争で使用された枯葉剤の影響を受けた子どもたちの写真でした。

遠い国で起きている出来事であっても、一枚の写真によって、それが決して自分と無関係ではない現実として伝わってくる、その写真の力に心を動かされ、以来10年以上にわたり、ウクライナやミャンマー、日本各地で人々の生きた記憶を追い続けてきました。

2014年からは、ミャンマーやインド北東部を中心に、インパール作戦に関わる日本兵の遺骨や戦争の記憶をたどる取材を続けています。

2019年にはミャンマー北西部のチン州で、旧日本軍に関係する遺品や、日本兵の遺骨である可能性がある人骨を記録。2023年には、インパール作戦に参加した旧日本軍第33師団(弓兵団)の足跡をたどったデジタル写真集『インパール作戦 弓兵団の軌跡』も出版しています。


そして2026年2月、インパール作戦の激戦地の一つであるインド北東部マニプール州のジェサミ村を訪問しました。そこで出会った現地の人々の言葉や風景は、戦争の歴史を日本側の記録だけで捉えることの難しさを改めて感じさせたといいます。
戦争は、戦った国の記録だけに残るものではない。その土地に暮らしていた人々にも、家族にも、世代を超えて語り継がれる記憶がある。
武馬さんは、取材を重ねるうちにその思いを強くしました。また、そうした記憶にも耳を傾けようとしています。

武馬怜子(ぶま れいこ)
Buma Reiko
フリーの報道写真家。原発事故後の双葉町からウクライナ、ミャンマーなど各地で取材を続けている。ライフワークとして第ニ次大戦中のインパール作戦の軌跡を歩き彼らの残したものを写真として残す。東洋経済オンライン、FRIDAY、Yahoo! JAPANなどさまざまな媒体で写真、記事を出している。
著書にデジタル写真集「インパール作戦 弓兵団の軌跡」「Dance of Manipur まだ見ぬインド、マニプール州」「野馬、還る ~福島~」(PAD BOOKS)。
なぜ210キロを歩くのか。車では分からない戦争の現実

今回のプロジェクトの中心となるのは、コヒマからウクルルまでの約210キロを歩くこと。予定するルートは、コヒマを出発し、マオ、ガジフェマ、カラソム、ナングビ・カレン、シルイなどを経由してウクルルを目指すもの。順調に進めば約20日間で踏破できる計算だといいます。
しかし、道のりは決して平坦ではありません。険しい山岳地帯、舗装されていない道、天候による通行の困難。現地の状況によっては計画どおりに進めない可能性もあります。
それでも武馬さんが徒歩にこだわるのには理由があります。車で移動すれば数時間で通り過ぎてしまう場所も、自分の足で歩けば、その距離や起伏、道の険しさを身体で感じることができます。
1944年、日本兵たちはこの道をどのような思いで歩いたのでしょう。十分な食料も医薬品もない。戦闘で負傷し、病気や飢えに苦しみながら、故郷から遠く離れた土地を進まなければなりませんでした。
家族のもとへ帰りたい。
生きて日本に戻りたい。
そんな願いを抱いていた人もいたかもしれない。
もちろん、現代を生きる私たちが同じ道を歩いたからといって、当時の兵士たちの苦しみをそのまま理解できるわけではありません。
武馬さんも、今回の旅を戦争の追体験とは考えていません。史料を読み、実際に現地を歩き、土地の人々の話を聞く。そうすることで、数字や戦況だけでは見えてこない、一人ひとりの人間の存在に近づこうとしているのです。
かつての敵国の人々も協力。国境を越えて戦争の記憶をつなぐ

武馬さんは、2024年にジェサミ村からコヒマまでの100キロ以上を39時間かけて歩く企画を実現させたシャーロット・カーティ氏にも協力を依頼しています。彼女によると、かつて日本軍と戦った英軍の関係者をはじめ、プロジェクトに賛同し、協力の意向を示している人々もいるといいます。
80年以上前、戦場で敵として向き合った国の人々が、今では戦争の歴史を後世に伝えるために協力しようとしています。
戦争の記憶を受け継ぐことは、一つの国だけの問題ではありません。日本兵が歩いた道には、そこに暮らしていた現地の人々の歴史もある。かつての敵味方という立場を越えて、何が起きたのかを知り、記録し、未来に伝えていく。今回の210キロの旅は、そうした国境を越えた記憶の継承にもつながっているのかもしれません。
取材を一度きりで終わらせない。写真と記録を未来へ
今回の徒歩踏査で得られた成果は、写真作品の展示やフォトエッセイ、ルポルタージュとして公開する予定です。実際に歩いた道の風景や地形、現地で出会った人々の証言、歴史資料を組み合わせ、インパール作戦における日本軍の撤退路を記録していきます。
さらに、旧日本軍が移動したとされる経路と現在の地形や道路の状況を照らし合わせ、今後の調査や戦没者の遺骨収集にも役立つ踏査記録として残すことを目指しています。
単に現地へ行って帰ってくるだけではない。そこで見たもの、聞いたこと、確認したことを、次の世代に手渡せる記録にする。それが今回のプロジェクトの目標です。
一人では実現できない。だからクラウドファンディングに挑戦
武馬さんはこれまで、自身の貯金を切り崩しながら取材を続けてきました。クラウドファンディングを利用するのは、今回が初めてだといいます。
しかし、今回の約210キロに及ぶ徒歩踏査は、これまでの取材とは規模が違います。
現地での安全な宿泊場所の確保、協力スタッフへの謝礼、伴走車両の手配など、実現には多くの費用が必要になります。世界的な物価高や円安もあり、個人の資金だけで実現することは難しいのが現状です。
そこで今回、READYFORを通じたクラウドファンディングを立ち上げました。目標金額は100万円。
「実は100万円でも足りないと言われています(笑)。ですが、今の私にできることをコツコツと積み上げていくしかない。応援してくれる人がいるというだけで相当な励みになります。どうか力を貸してください」(武馬さん)

募集期間は2026年12月30日午後11時まで。目標金額に達した場合にのみ支援金を受け取れるAll-or-Nothing方式となっています。
支援者へのリターンには、オリジナルポストカードや写真集『インパール作戦 弓兵団の軌跡』、現地からの取材レポートメールなどが用意されています。一人の写真家が始めた取材を、今度は多くの人と一緒に実現したい。そんな思いが込められています。
戦争を知らない私たちが、今できること
戦争が終わってから80年以上が経過しました。実際に戦争を経験した人々は少なくなり、当時の出来事を直接聞く機会も失われつつあります。
しかし、戦争は歴史の教科書の中だけに存在するものではありません。今も海外の土地には、帰ることのできなかった兵士たちの足跡が残されています。現地の人々の記憶の中にも、かつてこの地で起きた出来事が刻まれています。
私たちは、どれだけその歴史を知っているでしょう。
インパール作戦という名前は知っていても、実際に兵士たちがどのような道を歩き、どんな環境に置かれ、何を失ったのか。そこまで具体的に考えたことがある人は、決して多くないかもしれません。
だからこそ、今、現地を歩き、記録し、伝えようとする人がいることに意味があります。過去を知ることは、単に昔の出来事を振り返ることではありません。そこにあった命や苦しみを知り、今の社会を見つめ、これからの未来について考えることでもあるのです。
武馬さんが歩こうとしている210キロ。その一歩一歩が、80年以上前にこの地を歩いた人々の記憶を、未来へつなぐものになるかもしれません。
忘れてはいけない歴史がある。伝えていかなければならない記憶がある。武馬さんの挑戦が、戦争を知らない世代も含め、一人でも多くの人が歴史と向き合うきっかけになることを願います。

【クラウドファンディングの詳細・参加方法】
「インパール作戦 日本軍が歩いた白骨街道を歩きなおす1カ月」
実行者:武馬怜子さん(フリーランス写真家)
調査予定地:インド北東部
徒歩踏査予定距離:約210キロ
目標金額:100万円
募集期限:2026年12月30日 午後11時
プロジェクト実施完了予定:2027年3月31日
このプロジェクトは、目標金額に達した場合にのみ成立するAll-or-Nothing方式です。
支援という形だけでなく、まずはこの活動を知り、周囲の人に伝えることも大きな応援になります。
▼プロジェクトの詳細・支援方法はこちら
https://readyfor.jp/projects/battle-of-Imphal-project
80年以上前に歩いた人々の足跡を、未来へ。プロジェクトの詳しい内容は、READYFORの公式ページで確認できます。