一皿ごとに旬を凝縮。神戸牛の生肉、チョウザメの刺身も。麻布十番「麻布割烹 十」の夏コースを体験
「素材を活かす」と口にする料理人は多い。しかし、それを本当の意味で料理に落とし込めている店はどれほどあるだろう。神戸牛を中心にしたコースを提供する『麻布割烹 十』で、夏の11品のコースをいただきながら、そんなことを考えていた。
店主であり、日本酒唎酒師である新宅裕之シェフは「料理に余計な味付けをしない」「出汁に頼りすぎない」と何度も語った。引き算の料理という哲学的な話に聞こえるが、コースを食べ進めるうちに、その言葉の意味が少しずつ輪郭を帯びてきた。技術を見せるのではなく、全国の生産者が育んだ季節を、素直に届けようとする料理の数々だった。
シームレスなカウンターのライブキッチン
フラットなカウンターが印象的な、10席のみの割烹。客席とキッチンの仕切りも段差もなく、シームレスな空間。どこに座ってもシェフとの距離が近い。自ら生産者を訪ね、直接話をして納得いくものだけを使用する新宅シェフが、料理を一皿へと昇華させていく様を間近で見ることができる。

季節ごとに表情を変える花生けもさりげなく彩りを添えている。店名の「十」は、書家の加山幹子さんのもの。麻布十番の交差点をイメージさせる力強さが、印象的に出迎えてくれる。
夏の一夜を思い起こさせる、とうもろこしの先附
この店を象徴する食材のひとつはなんといっても、うすなが牧場から直接仕入れる神戸牛。
これから始まるコースに期待を寄せて、まずは宮崎産のとうもろこし「ゴールドラッシュ」をつかった先付からスタート。焦がし醤油のジュレが、とうもろこしの甘みを引き立たせ、夏祭りの一夜を思い起こさせた。

清涼感たっぷりの見た目と味わい。丁寧につくられたとうもろこしの豆腐は、とてもなめらか。コースのはじまりに期待が高まる。
お店のシグネチャー『神戸牛サーロインとろたく巻き』
続く一皿は、神戸牛サーロインのとろたく巻き。
神戸牛は驚くほどみずみずしい。脂の甘みをしっかりとまといながらも、鮮魚を思わせるみずみずしさで、体温と調和して口の中に消えていった。肉割烹といいながらも、繊細さが先に立つ。この味に惚れたオーナーのリクエストにより、コースの定番として組み込まれたのだとか。

肉の甘みと沢庵の歯ざわりが重なる、店を代表する一皿。シェフから直接手渡しでいただく演出もGOOD!
超希少!愛媛県産『チョウザメ』の糸造り
なかでも印象に残ったのは、チョウザメの刺身。
チョウザメって食べられるの!?と、カウンター客一同から声が上がった。刺身で味わう機会はほとんどない。しかも国内産ときた。
約八年半かけて育てられた身は、口にのせた瞬間、とろみが舌を覆い、上に添えられた法皇キャビアの塩味が、その旨みを引き立てる。新鮮でなければ味わえないチョウザメの刺身に、とにかく驚いた。鮮度が落ちるのが早いため、地元でもほとんど食べることはなく、生産者からの直送でなければ、入手困難だという。

新宅シェフはこう話す。「珍しいから出しているわけではありません。」生産者のもとに足を運び、目で見て、生産者との信頼関係の上で仕入れが叶うのだそう。
希少性を競うのではなく、状態の良さを届ける姿勢は、このお店らしい。
A5じゃなくて、あえてA4ランク神戸牛の生肉
麻布割烹 十のコースには、何皿もの神戸牛料理があるのだが、生肉は、あえて霜降りの多い部位ではないイチボを使った『生肉/神戸牛 塩水雲丹 本山葵』。贅沢に、生肉に雲丹をくるりと巻いていただく。赤身が持つ力強い旨みが際立つ。
新宅シェフのこだわりは、うすなが牧場のA4ランクを使用すること。ここでも、高級だから選ぶのではなく、品質と旨みのバランスを重視する姿勢が伝わってきた。

うすなが牧場は、20代と30代の兄弟が経営している但馬牛の牧場。サシの入った肉ではなく、「僕らが食べたいと心から思える牛肉をつくろう」と20代のときに祖父から牧場を承継。100%国産飼料を目指し、酒粕やみりん粕など人が口にする食材からオリジナル飼料を配合している。信頼できる卸会社や直営店舗を中心に販売しているため、都内でもうすなが牧場の神戸牛を味わえるのは一握りだ。
一皿ごとに、旬を凝縮!
夏の風物詩“鳴門鱧のお椀”は、炙った佐土原茄子の香ばしさに、青柚子の夏らしさの清涼感、プチプチとした秋田のジュンサイの食感が躍る。奈良の白龍素麵は、トマトの出汁氷でいただいた。伊豆のベビーバジル“いずばじ”がアクセントになり、キリッとコースの中盤を整えてくれた。
続いて、赤ワインで3時間煮炊いたホロホロの牛すじを包んだ、神戸牛の春巻き。その上に、どっさりと黒トリュフが削られ、またカウンター席の客から歓声が上がった。“夏だからサマートリュフ”ではなく、この季節としては珍しい南半球産の黒トリュフを使用。「本当に香るものを使いたい」という新宅シェフの言葉に納得の逸品。

どの料理も、主役となる食材の輪郭が驚くほど明確で、一皿ごとに旬が凝縮され、素材の個性が鮮やかに際立っている。
シェフの哲学を感じる「神戸牛炭焼」
神戸牛のラムシンを炭焼きにした一皿。薬味は、手づくり味噌、からし、スペイン・バスク地方の「田んぼ塩」の3種。2億年前に海だった地下水脈から湧き出た塩水が、太陽の光と風の力だけでじっくりと蒸発され結晶化される、100%ナチュラルなお塩。粒が大きめで、赤身の濃い神戸牛の本来の味わいをしっかりと引き立ててくれる。

一般的にシャトーブリアンなど後ろ脚が注目されがちだが、新宅シェフが選ぶのは、旨味が濃い前脚。後ろ脚に比べ運動量が多く、筋肉質とほどよいサシを併せ持つという。シェフの選択にも、この店らしい哲学が表れている。
締めまで続く、季節の余韻
いよいよコースはラストスパートへ。
古伊万里の器で供されたのは、[煮/神戸牛すね肉 新蓮根 卸生姜]。器を愛でる時間も含めて楽しんでもらいたいという、新宅シェフのもてなしの心が伝わってくる。箸を入れるだけでホロリとほどけ、噛むほどに旨みが広がる。添えられた新蓮根は、6~7月の短い期間にしか出会えない夏野菜。アクが少なくサラダで食べることもできる。牛肉の弾力に蓮根のシャキシャキした食感があいまって、全体を軽やかにまとめていた。
締めは、土鍋で炊き上げた季節の[ご飯/鱧照り焼き 白玉蜀黍 枝豆]。鱧の照り焼きを主役に、枝豆の青々しさ、生で食べられる白とうもろこしが、口いっぱいに広がる。
涼しげな[甘味/水羊羹]を愛でながら、最後の一膳まで、季節感が丁寧に描かれていた。

神戸ビーフを扱う、選ばれた一軒
店内で神々しく鎮座する『神戸ビーフ(R)』のモニュメント。厳しい条件をクリアした神戸ビーフには、証しとして「神戸肉之証」がつく。このブロンズ像は、神戸肉流通推進協議会指定店だけが置くことが許される、神戸ビーフを扱う指定登録店の証となっている。

メニューは、月替わりとのことだが、新宅シェフは生産者と日々のコミュニケーションによって、仕入れる内容を変え、その状態によって調理方法を変えることもあるそう。「販売先がなく生産者が困ってしまう部位も仕入れることがある」と新宅シェフ。信頼できる生産者からの素材なので、調理法次第でおいしくなる、と楽しそうに語る姿が印象的だった。
店舗情報
店名:麻布割烹 十 ―Azabu Kappo Too―
所在地:〒106-0045 東京都港区麻布十番2丁目1−11 LA CITY麻布十番LUCE 2階
電話番号:03-6381-7444
料理:9品¥20,000、11品¥30,000(税込)※本体験は11品¥30,000コース
営業時間:17時30分 ― 23時00分
定休日:日・月曜日
URL:https://www.azabukappou-10.com/